【サマリー版】第1弾 動けば変わる

秋田ノーザンハピネッツ株式会社 水野勇気

できない理由ではなく、できる理由をさがす水野社長。できるはずがないと言われた秋田にプロバスケチームをつくり出した水野社長の原点に迫る。

自分らしい生き方

石井 水野さんがAIU ( 国際教養大学 – Akita International University ) を選ばれたタイミングは、高校卒業後、大学に進学する前に海外へ渡り、造園業のバイトをされていた中で、直感で選ばれたそうですね。なぜAIUを選ばれたのですか?

水野 当時、英語とビジネスを学びたいと考えていました。よく僕が思うことは、大学は行かなければならない場所ではない。わざわざ高い授業料を支払ってまで嫌々行っているのであればやめればいいと思うのです。勉強しなければもったいない。色々な課外活動もしたらいいと思います。僕は21歳の時に、日本の考え方で浪という形で大学に入学した結果、就職もせずに会社を立ち上げ、生計を立てていますが、そのようなレールもあるのですよ。浪しようが浪しようが気にすることではないと思うし、回り道したってどうってことないと思う。どのような形でも、自分がやりたいことをやれていれば楽しいと思う。

行動することでしか現状は変えられない

石井 水野さんは国際教養大学に在学中、どちらの国に留学されたのですか?

水野 オーストラリアに年間行きました。

石井 アメリカにも高校卒業後に行かれて、それらの経験の中で今に活きていることはありますか?

水野 僕が留学したアメリカ、オーストラリアはどちらの国もプロスポーツ大国です。なので「秋田にもプロスポーツチームがあれば、もっと楽しくなるのに」と思いました。無いのであれば、「チームを立ち上げる活動をやってみよう」と考えたのが、番最初なのです。「やる人がいないから、まずはやってみよう」と。しかし、当時はプロバスケットボールチームを立ち上げて、自分が社長になる程の強い想いやビジョンは無かったですね。

バスケチームを創ること、それだけは譲れない

石井 水野さんは、ベンチャー企業から内定を貰っていたのにも関わらず、その内定を断り、バスケットボールチームをつくる活動を続けたということが、凄いと思います。内定を断るという決断は、相当悩まれましたか?

水野 当時内定を頂いていた会社には、本当に迷惑をかけてしまい申し訳なかったです。そこの社長に会いに行き、想いを伝えて、「今、どうしてもこういうことをしたいので、申し訳ありませんが辞退させて下さい。」とお願いしたら、それを受け入れてくれました。不安なことは不安でしたが、当時は不安より「本当にやりたいことは何か。」と、自分自身へ問いかけた時に出た、「 プロバスケットボールチームを作りたい “」という気持ちの方が強かった。そこが自分の行き着いた答えだったのです。

0を1にする楽しさ

石井 最後に水野さんから、起業に関心のある若者へ熱いメッセージをいただければと思います。

水野 起業は手段のつなので、するしないはどちらでもいいと思うのです。しかし起業自体はそれほど難しいことではなく、その後どのように維持していくか、ということの方が大変です。要するに、のものをにする事がかなり大変。そのあと、10100にすることもまた新たなチャレンジになると思います。それは社員としてすることもひとつの楽しさですが、自分で起業することの楽しさは、最終的に自分の責任の元で出来るということが、醍醐味ではないかと思います。

石井 自己責任でやることは、大変な面も多いですが、その分やりがいや楽しさがあるのですね。今日はありがとうございました。

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